Saturday, November 1, 2025

極道の仏 ― 井の上孝彦という生き方(1947-2013年)

極道の仏 ― 井の上孝彦という生き方(1947-2013年)
1947年、戦後の混乱が残る熊本に生まれた井の上孝彦は、若くして横須賀の稲川会に身を投じ、やがて八代目横須賀一家の若頭、井の上組組長として頭角を現した。暴力と義理が支配する昭和の極道社会の中で、彼は一時「鬼の井の上」と呼ばれるほどの武闘派だったが、獄中で仏教に出会い、人生の転機を迎える。出所後は僧籍を取りながらも、極道としての立場を捨てず、暴力団と宗教の境界に生きた稀有な存在となった。
高度経済成長期を経て、1970-80年代の日本はバブル経済へと向かう時代。裏社会もまた利権拡大と抗争の激化が進み、薬物取引が組織資金の主要源となっていた。井の上はそれを断固拒否し、覚醒剤を扱った者を容赦なく追放した。「薬物を売るヤクザは仁義を捨てた」と語り、暴力よりも倫理を重んじる姿勢を貫いた。彼の信条は「見えない世界から常に見られている」という仏教的な観念であり、組員にも「税金を払えるヤクザになれ」と説いた。
拠点とした東京・歌舞伎町は、バブル期以降、歓楽街と犯罪の温床として知られたが、井の上は暴力排除と地域共存を掲げた。彼の事務所では地域行事への寄付や清掃活動も行われ、地元住民との摩擦を避ける「非暴力組織運営」を徹底した。その姿勢は一部のマスコミからも「極道の仏」として注目を集め、1996年には自伝『修羅の自叙伝-ヤクザを生きる』を出版。仏教思想を通じて任侠道を再解釈した内容は、多くの読者に衝撃を与えた。
2013年、井の上は新宿の事務所ビル7階から転落して死去。警察は事故と断定したが、真相は不明のままである。彼の死は、暴力と倫理、信仰と任侠の間に立ち続けた一人の男の象徴的な終焉だった。戦後から平成にかけて、裏社会の価値観が「暴力から信義へ」と移り変わる中、井の上孝彦の生き方は、極道という枠を超えて「生と信仰の調和」を問いかけ続けたといえる。

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