山の声が舞台に宿るとき―大鹿村の暮らしが編み出すエコミュージアム(1990年代)
長野県・大鹿村は、南アルプスの険しい山々と中央構造線が形づくる独特の地形に囲まれた山村で、棚田や谷沿いの集落が自然と共に息づいてきた。しかし、戦後の人口流出と高齢化が進む中、村の文化や生活技術は衰退の危機に直面していた。こうした時代背景のもと、1990年代の大鹿村では「暮らしそのものが文化資源である」という新しい認識が生まれ、地域全体を野外博物館とみなすエコミュージアム的な取り組みが動き始めた。
その中心となったのが、大鹿歌舞伎である。江戸時代から続く農村歌舞伎で、役者も囃子も舞台作りも村人が担う共同体文化の結晶であったが、担い手不足や高齢化により存続の不安が高まっていた。1990年代には、単に伝統を守るだけでなく、稽古や舞台裏の記録、古老の証言、衣装や面の保存などを通して、歌舞伎を村の生活史そのものとして捉え直す動きが強まった。こうした記録作業は文化財保護を超え、地域の価値を再編成する試みとして展開した。
同時に、大鹿村を取り巻く山岳景観もまた文化資源として見直された。山々の地質、谷の社叢、棚田景観は村の歴史と結びついた野外資料として扱われ、文化と自然を切り離さずに捉える姿勢が地域政策に浸透していった。これにより、大鹿村は生活と文化、自然が互いに支え合う空間として再評価され、エコミュージアム思想と合流する形で地域づくりが進んでいったのである。
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