汚染と再生のはざまで ― 熊本県八代海の挑戦(2004年6月)
熊本県南部に広がる八代海(不知火海)は、かつて「豊饒の海」と称され、多様な魚介類が漁獲される地域の経済・文化の中心だった。しかし、高度経済成長期以降、沿岸工場からの排水、生活排水、農薬や化学肥料の流入が蓄積され、1970年代には赤潮の頻発やノリの色落ちといった深刻な被害が相次いだ。
特にノリ養殖は地域経済の柱であったため、水質悪化による品質低下は漁民の生活を直撃。住民の間には強い危機感が広がり、八代市や水俣市をはじめとした流域自治体、漁協、研究機関が連携して原因究明と対策に乗り出すこととなった。
1990年代からは、環境基本法や水質汚濁防止法を背景に、下水道の整備が徐々に進展。また、工場排水の浄化装置導入や、家庭排水への意識啓発も本格化した。さらに、かつて直線化された河川の再蛇行化や干潟の再生といった「自然再生事業」も導入され、八代海の生態系回復を目指す試みが始まった。
それでも、海底の深層部にはヘドロが残り、窒素・リンの蓄積によって栄養塩類が過剰となる「内部負荷」の問題は根深い。2004年時点でも、夏季の水温上昇とともに赤潮の発生が続いており、完全な回復には至っていない。だが、住民参加型の調査や、子どもたちによる環境学習も進み、「地域が自らの海を取り戻す」姿勢は広がりつつあった。
八代海の再生は、日本各地の内湾に共通する課題の縮図であり、工業と漁業、都市と自然との共生を模索する先進事例として、環境政策の転換点を象徴する取り組みとなっていた。
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