2024年5月22日水曜日

ISOと環境の交差点 1998.06.15(47)

■「規格の構想」

ISO 14001の認証取得とは、環境マネジメントシステムを構築し、運用すること。そして、その成果を見直し、トップマネジメントの責務として、環境方針、目的および目標をスパイラルアップさせて、次の問題の解決に当たるという方法論をISO規格に沿って行うということである。この一連の流れを環境マネジメントシステムの「PDCAサイクルによる継続的改善」とし、ISO 14001という国際規格では、環境マネジメントシステムという枠組みを構築し、この枠組みをどう運用していくか、ということしか決めていないことに注意しなければならない。

環境マネジメントシステムの中に位置づけられている「方針、目的、目標」は、どこかにそのお手本があるのではなく、このISO 14001による環境マネジメントシステムを採用する組織や企業が自主的に決めていかなければならないものである。平たく言えば、問題解決のための枠組みづくりをやりましょう、その枠の動かし方も教えましょう、しかし、その枠をどう埋めますか、より内容の高いコンテンツにどう取り組みますか、ということには何も触れていない、ということである。

さらに、環境マネジメントシステムが良好に機能しているかどうかは、企業で内部環境監査を行い、さらに審査機関によるサーベイランス、再審査という第三者認証を実施することになっている。つまり、ISO 14001の認証取得には、(1)環境マネジメントシステムづくりと、(2)環境マネジメントシステムの整備、運用の状況を第三者認証として審査機関に保証させる、ということの二面があると言える。

まず、(1)であるが、これはISO 9000から始まったと言われるシステム規格としての特徴である。(2)の第三者認証は、前回述べたように、組織または企業を、品質、環境、安全衛生、財務会計、労務、旅行などの切り口で、それぞれに評価を行う。そして、その評価を第三者機関に証明させるというものである。


■「規格の充足、現実的対応」

このように考えてくると、ISO 14001そのものは国際問題をどのようにマネジメントシステムに組み込んで、解決していくかという具体的な展開を予定しているのではないことが分かる。たとえば、環境マネジメントシステムでは、まず、環境方針を定め、環境側面の評価を行い、重要な環境側面を抽出し、実施すべき目的・目標を決めるとある。

環境方針については、生物、水、大気、土壌などに対する生態系の維持・保全が主である。しかし、環境側面の評価はどうするのか。環境側面の評価を行う前に、ISO 9000から認証取得のレベルまでとは言わないが、それと同水準の品質管理システムを持っていればなお良い。その上で環境側面の評価を行い、また、LCAを展開していけば、さらに大きな環境改善効果が得られる。

ISO 14001の環境マネジメントシステムというのは、このような背後の品質、生産管理という前提条件が揃い、スパイラルアップのための意思決定に資する情報、LCA、EPEに関する情報があり、初めて有効に機能するものではないかと考える。だから、ISO 14000シリーズでは、LCA(ライフサイクルアセスメント)、EL(エコラベル)、EPE(環境パフォーマンス評価)というシリーズとなっているのである。

なお、このほか、環境報告書、廃棄物の国際間移動など、今後もISOという国際規格は縦の流れ、環境問題とその解決策は横の流れを形成していくと考えられる。ISO 14001はこの流れの交差点にあり、縦の流れと横の流れ、いずれからも独立して存在しえないことに留意しなければならない。

だから、環境問題という面からいえば、ISO 14001の認証取得のみにターゲットを絞り込むよりも、認証取得の品質や生産管理の前段階、準備に力を注ぎ、今後、LCAやELの実施に向けての自信をつけてからでも遅くはない。いたずらに、認証取得にだけ向けた行動は問題解決を遅らせるだけである。


■「企業にとっての環境リスク」

一般的に、1.法律上のリスク、2.新たな環境法強化に伴うリスク、3.企業のイメージ低下などのリスクが挙げられる。法律上のリスクとは、違反行為によって科される行政上や刑事上の罰則、操業停止処分、汚染の浄化責任、不法行為による第三者への損害賠償責任などを指す。また、新たな環境法強化に伴うリスクには、より厳しい環境基準に適合させるための設備投資などによる採算性の悪化、工場閉鎖を含めたビジネスからの撤退、新規進出の困難さなどが挙げられる。

そして、企業イメージ低下などのリスクは、環境法違反や環境汚染事故がマスコミに取り上げられる、あるいは消費者団体から環境に負荷を与える製品を生産しているとの烙印を押される場合を指す。今日では法的責任に加えて、道義的あるいは社会的責任がますます重くなる傾向にある。企業の環境リスクの代表的事例としては、1978年、米国で発生した有害廃棄物による環境汚染事故「ラブ・カナル事件」がある。この事件を契機として、米国では80年に有害物質で汚染された土壌の浄化を進めることを目的とする「スーパーファンド法(包括的環境対処補償責任法=CERCLA)」が制定された

一方、日本ではこれまで企業などの汚染者に浄化を命じる法的な根拠がなく、放置されている汚染現場がほとんどである。しかし、96年5月、水質汚濁防止法改正案が成立したことで、97年4月以降は都道府県知事によって有害物質で土壌を汚染した企業に浄化措置を命令できるようになった。また、産業廃棄物の不法投棄抑制のためのマニフェスト制度の導入と違反者に対する罰則、将来的にはダイオキシン関連の大幅な規制強化などが予想される。


■「日本の環境規制と企業の対応」

このように、日本の環境規制も企業責任を厳しく追求する方向に向かっており、企業は環境リスク管理を徹底しないと、経営に大きなダメージを受けかねない。こうした環境リスクの処理方法のひとつに、損害保険によるリスク・ファイナンスがある。保険が適用されるのは、国によっても違いがあるが、主に不法行為による第三者への損害賠償責任と汚染の浄化責任の2つのリスクについてである。

かつて日本の保険会社では「偶発的に生じた事故」のみを第三者賠償保険で扱っていたが、それでは現実の環境リスクに対応しきれなくなり、「徐々に生じた汚染による賠償責任」についても担保しうる「環境汚染賠償責任保険」をAIU保険会社(東京都千代田区)が92年に新たに開発し、発売している。この保険の対象となるのは、事業活動に伴う水・大気・土壌の汚染が原因となる損害で、具体的には次の7項目になる。

第三者の身体および財物の障害、第三者の財物の使用不能な損害、漁業権・入漁権の侵害、公害防止事業費事業者負担に基づく汚染浄化費用(ただし自己が所有する土地の浄化費用は対象外)、損害防止軽減費用、求償権保全費用、争訴費用。被保険者となる事業者としては、化学工場や中間処理施設・最終処分場、事業所内に有害物質を保管・使用しているところ、半導体工場などが中心となる。加入にあたっては、第三者による環境監査、汚染防止実施のための財政力のチェックなどが行われる。

日本で環境汚染賠償責任保険に加入している企業はまだ100社に満たないと言われるが、有害物質の対象が拡大されるなどの規制強化があれば、環境汚染を抱える企業はかなりの数にのぼると見られている。また、97年1月には、住友海上が産廃の処理を外部に委託している排出業者を対象とした「廃棄物排出事業者向け環境汚染賠償責任保険」を国内で初めて販売するなど、環境賠償責任保険の枠組みは広がりつつある。

さらに97年9月にはAIUが環境汚染賠償責任保険の特別約款として、ダイオキシン保険を発売した。一方、スーパーファンド法などの厳しい環境法を持つ米国では、環境汚染賠償責任保険は500億円市場。環境汚染賠償責任保険への加入が、すでに社会システムとなっている状況だ。

この他、米国の一部の保険会社では、環境汚染による賠償責任のみを特別に担保する保険や、環境コンサルタントの職業賠償責任保険、廃棄物処理業者などの請負賠償責任保険が発売されている。 

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