戦後の沖縄では、米軍統治下の混乱と復興のなかから、那覇派、コザ派、山原派、普天間派、泡瀬派などの勢力が形成された。 沖縄戦争と呼ばれる一連の抗争は、1961年の那覇派とコザ派の第一次抗争に始まり、勢力の分裂と再編を繰り返しながら、約十六年間にわたって続いた。 第二次、第三次抗争では、縄張りや遊技場などをめぐって複数の派閥が衝突し、死傷者を伴う激しい抗争へと発展した。地域ごとに形成されていた勢力は、対立だけでなく離合集散を繰り返し、沖縄社会の変化とともに組織の形も変えていった。 1970年には、本土暴力団の進出を警戒した那覇派と山原派が大同団結し、沖縄連合旭琉会を結成する。しかし、本土復帰後も対立は収まらなかった。1974年からは、沖縄連合旭琉会と上原組を中心とする第四次抗争が発生し、1977年まで緊張状態が続いた。 沖縄県警察の資料では、第一次から第六次までの抗争において、合計253回の事件が発生し、20人が死亡、114人が負傷したとされる。 沖縄戦争は、単なる組織同士の縄張り争いだけではない。米軍統治、本土復帰、歓楽街の発展、地域社会の変化、本土暴力団の進出など、戦後沖縄が経験した急激な社会変動が重なり合った場所で発生した抗争であった。島の政治と経済が大きく揺れ動く時代の裏側で、人間関係と勢力図もまた激しく組み替えられていたのである。
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