Friday, November 14, 2025

イマージュの海に浮かぶ身体 ベルクソン「物質と記憶」 一九世紀末思想の射程

イマージュの海に浮かぶ身体 ベルクソン「物質と記憶」 一九世紀末思想の射程
ベルクソンの考えでは、世界はまず巨大なイマージュとして広がり、人間の身体も脳もその一部として浸っている。脳は意識や表象を生み出す源泉ではなく、世界の作用を取捨選択するフィルターにすぎず、因果の起点ではない。知覚は外部にあり広がりを持ち、感覚は内部に生じ広がりを持たないという区別は、心身の循環論を避けるための重要な前提となる。身体は孤立した主体ではなく世界に開かれた一つのイマージュであり、神経系の複雑さは表象生成の証ではなく、世界との連結を調整する信号局に過ぎない。外界と身体内部の感覚をつなぐこの構造が、のちに扱われる記憶の問題の基礎を形づくる。世界の流れが先にあり、その中で身体が切り取ったものが知覚となり、感覚がその反応として生まれるという枠組みによっ
て、ベルクソンは主体と世界の断絶を越え、連続の中で心の働きを捉え直そうとしている。

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