Saturday, November 1, 2025

宇宙へ還る笑い ― 一九七〇年代

宇宙へ還る笑い ― 一九七〇年代

山口昌男の「笑い講」は、一九七〇年代の日本思想界において、既成の価値観を相対化する重要なテキストとして位置づけられる。高度経済成長を経たこの時代、社会は効率と合理性を重んじる管理構造に覆われ、人間の感情や身体性が次第に抑圧されていた。学生運動が終息し、政治的な情熱が冷める一方で、思想や芸術は「制度への異化」「形式への抵抗」を模索し始める。山口の「笑い講」は、まさにそのような社会的閉塞に対して、文化人類学の視点から「笑い」という行為を通じて人間の根源的な自由を再発見しようとする試みだった。

彼が語る「笑い」は、単なる娯楽でも諧謔でもなく、正と反、理性と狂気、生と死といった二項対立を一瞬にして融解させる「宇宙的運動」として捉えられている。その思想の背景には、彼が研究してきた儀礼文化やカーニバル理論、さらにはミハイル・バフチンの「笑いの文化史」などの影響が見え隠れする。山口は、東洋的な「対象を持たない笑い」――寒山拾得の笑いや禅僧の呵々大笑――を、西洋的理性中心主義への対抗概念として提示する。笑いは、秩序を一時的に転倒させ、社会の中で固定化された差異を無化する瞬間の"解放"として機能するのである。

当時の社会は、政治的には保守化が進み、メディアや文学も次第に商品化されていた。そうした時代にあって、山口の「笑い講」は、笑いを通して世界を再統合する「祭り」のような思想運動として読まれた。彼のいう「笑いは人間を中心から宇宙へ連れ戻す」という言葉は、自己中心的な近代合理主義への批判であると同時に、人間が宇宙的秩序の一部として再び生命のリズムに調和して生きるための宣言でもあった。笑いはもはや戯れではなく、真理に触れる瞬間――その無垢な明るさが、七〇年代の思想の暗がりに光を差し込んだのである。

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