テレビと漫画が"国民的娯楽"へ成熟した時代――文脈のなかで読み解く1975年前後のエンタメ欄
1975年は、日本のテレビと漫画が「完全に日常に溶け込んだ」転換点にあたる。高度経済成長が終わり、家庭にはほぼ100%の普及率でカラーテレビがあり、会社帰りにドラマを見て、週末に映画を観て、少年誌で連載漫画を読むという生活パターンが定着していた。出版不況がささやかれ始めた一方、漫画雑誌やテレビ番組は巨大な産業として成長し、スターシステムも整備されていく。ちょうどその最中に刊行された「面白半分」52号のエンタメ欄には、こうした時代の空気が凝縮されていた。
1975年前後は、第一次オイルショックから二年ほどの時期であり、日本社会全体が成長神話の終わりをうっすらと感じはじめていた。不況は続き、物価は上昇し、企業の採用は慎重になり、若者の将来像も不透明になっていた。その一方でテレビと漫画は不況に強く、人々の生活の中心に根を張った。家庭の中で過ごす時間が見直され、テレビは家族の会話をつなぐ道具として機能し、漫画は若者の感情の行き場を支える共通言語の役割を果たした。
テレビ番組では、家族ドラマ、青春ドラマ、時代劇、特撮が視聴者層を広げ、夕方の放送は一家団らんの一部となっていった。特撮ヒーロー作品は、子どもだけでなく父親世代にも親しまれ、技術の進歩とともに映像表現は洗練されていった。画面の奥には、地域の風景や変わりゆく都市の姿が映し込まれ、テレビは時代を写す鏡としての機能を強めていった。
漫画は雑誌の発行部数が高水準を維持し、少年漫画はスポ根、不良、SFが人気を支え、少女漫画は心理描写を深化させ、若い女性の内面世界を繊細に描く新しい時代を迎えていた。少年誌・少女誌がともに文化の中心となり、連載作家たちは時代の感情を受け止める語り部の役割を担った。学校生活や家族の葛藤、恋愛、友情といった普遍的テーマが、社会の揺れと結びつきながら表現された。
映画界は斜陽期にありながら、若者向けアクション映画や漫画原作映画が活発に制作されていた。テレビの普及で客足が遠のく一方で、劇場は非日常の体験としての価値を保ち、低予算で素早く作られるジャンル映画が一定の人気を集めた。不良映画、実録映画、ロマンポルノ、青春アクションなど、ジャンルの分化が進み、観客の欲望を細かく掬い取ろうとする工夫が凝らされた。
No comments:
Post a Comment