Sunday, November 2, 2025

漂流する理性の果て ― 一九七〇年代

漂流する理性の果て ― 一九七〇年代

安岡章太郎×渡部昇一「日本人は生き残れるか」は、一九七〇年代の冷戦構造と経済成長の終焉を背景に、戦後日本人の精神の疲労と価値観の漂流をめぐって交わされた異色の対談である。両者は、産業スパイや情報戦の激化を国家の生存戦略と見ながらも、人間の倫理が軽視され、個人主義と集団倫理の間に深い断層が生じている現実を憂えた。

石油危機による経済の停滞と、東西冷戦の板挟みの中で、日本は豊かさと精神の空洞化という二重の危機に直面していた。安岡は文学者として「人間性の回復」を求め、渡部は思想史家として西欧理性主義の輸入がもたらした自我の喪失を批判する。両者に共通するのは、国家の繁栄が倫理の貧困を伴うならば、それは文明の敗北にほかならないという確信である。

彼らはさらに、日本の国際的立場の曖昧さを突く。米ソ対立の狭間で政治理念を欠いた日本は、「漂流国家」として存在し、精神の根を失ったまま経済的成功に酔っていると語る。安岡は「倫理なき繁栄の終焉」を、渡部は「理性の再生」を訴え、戦後日本の思想的座標を問い直したこの対話は、時代の閉塞と人間の再生をめぐる深い文明批評として、いまもなお響きを失わない。

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