中核派による国電同時多発ゲリラ事件(1985年)
1985年11月、首都圏の国電(現・JR在来線)で約20か所におよぶ同時多発放火・破壊工作が発生した。中核派の非公然組織「人民革命軍」による犯行で、国鉄分割・民営化に反対する政治的抗議として行われた。中曽根内閣が進めた国鉄改革は労働運動の分断を招き、左翼過激派の過激化を加速させていた。事件では鉄道網が麻痺し、約30万人の通勤客が影響を受けた。中核派は学生運動の衰退後も都市ゲリラ戦へ転換し、幹部の思想は実行犯と深く結びついていた。警察は全国規模の捜査を行い、多数を逮捕。この事件は「戦後最大級のゲリラ事件」と呼ばれた。社会的には、過激派運動が時代遅れと見なされ、以後の学生運動・労働運動が急速に衰退。冷戦終盤の日本で、左翼思想の終焉と新自由主義の到来を象徴する事件となった。
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