八神純子は、幼い頃からピアノと歌に親しみ、高校時代にはヤマハのボーカルコースに通った。1974年、生まれて初めて作った曲「雨の日のひとりごと」でポピュラーソングコンテストに挑戦し、優秀曲賞を受賞。世界歌謡祭にも出場した。しかし、父親は歌手になることに反対し、学校からも音楽活動を控えるよう求められた。それでも八神は創作を続け、高校卒業後もプロへの道を諦めなかった。 父親を粘り強く説得し、1978年1月5日、20歳の時に「思い出は美しすぎて」で本格的なプロデビューを果たした。この曲は、デビューを待つ間に書きためていた作品の一つで、ゆったりした旋律の背後にボサノバ風のリズムが流れる。題名が示すように、過ぎ去った恋や時間を美しい記憶として振り返る、若い八神ならではの透明感と哀愁を備えた作品だった。公式プロフィールでも、この曲を1978年のプロデビュー作として位置づけ、同名アルバムはオリコン最高5位を記録したとしている。 さらに印象的なのが間奏の笛である。本来はサンバホイッスルを使う予定だったが、録音時に用意できず、実際には体育の授業などで使う普通の笛を使用したと八神本人が後年明かしている。その後、本物のサンバホイッスルを入手し、首から下げて演奏する姿が八神純子の象徴となった。「思い出は美しすぎて」は、一人の少女が反対や制約を越え、自作の歌で自らの人生を切り開いた瞬間を刻んだ作品でもある。
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