Thursday, September 3, 2026

廃台の行方 1995年から現在へ パチンコ台を資源に戻す仕組み

2001年4月施行の資源有効利用促進法で、パチンコ遊技機は指定省資源化製品、指定再利用促進製品となり、2005年度にはマテリアル、パーツリサイクル率55%が目標とされました。 当時のパチンコ台は、重量比でプラスチック約30%、鉄約30%、木材約25%、非鉄金属約2%、液晶や基板など約14%という複合製品でした。再利用できる液晶、基板、コード類を取り外し、残りを破砕して鉄を回収し、可燃物をRDFやセメント燃料として利用する方法が一般的でした。太平洋セメント熊谷工場では、1995年から遊技機を処理し、1台から約12kgの固形燃料を得る仕組みも稼働していました。 2000年度には341万台、約4万4000トンが排出され、約150万台がリサイクル処理されていたと推定されています。さらに年間約70万台の中古市場もあり、再使用、部品再利用、素材回収という複数の循環経路が形成されました。 2002年には北九州で年間150万台の処理能力を見込む新工場が計画され、木枠をチップ化して再び木枠へ戻す試みも始まりました。その後も全国的な回収、処理の仕組みが整備され、使用済み遊技機は鉄、プラスチック、木材、電子部品などを再び社会へ戻す資源として扱われるようになっています。

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