宮武外骨は、明治、大正、昭和を生きたジャーナリスト、編集者、著述家、新聞史研究家である。本名は宮武亀四郎。1887年に頓智協会雑誌を創刊して以来、滑稽新聞、大阪滑稽新聞、此花、不二など、多くの新聞や雑誌を世に送り出した。政治家や官僚、社会の権威を恐れず、風刺、皮肉、言葉遊び、奇抜な誌面構成を用いて批判したため、たびたび筆禍事件を起こした。 宮武外骨の著作集は、こうした反骨の言論活動だけでなく、明治期の生活、文化、風俗、新聞、出版、社会事件などを記録した膨大な仕事をまとめたものである。河出書房新社の宮武外骨著作集は全8巻として企画され、谷沢永一と吉野孝雄が編集を担当した。正史には残りにくい庶民の暮らしや風俗、奇聞、事件を、新聞や雑誌などの資料から拾い集めた点に大きな特色がある。 外骨は、単に世間を笑わせる風刺家ではなかった。権力の腐敗、それに迎合する新聞、戦争に熱狂する社会の空気を批判し、言論の自由を守ろうとした。代表的な滑稽新聞は大阪で発行され、権力者や御用新聞を大胆に攻撃した。風刺の奥には、社会を冷静に見つめ、異論を封じる時代への強い警戒があった。 関東大震災後、外骨は失われていく明治期の新聞や雑誌を保存する仕事に力を注いだ。1926年に東京帝国大学へ設置された明治新聞雑誌文庫の初代主任となり、全国の新聞、雑誌、パンフレット、絵葉書などを収集した。現在、東京大学には、外骨が発行、執筆、収集した新聞、雑誌、図書、パンフレット、自筆資料などが宮武外骨書凾として保存されている。 誌面で紹介された宮武外骨の著作集は、過去の珍しい文章を集めただけの全集ではない。そこには、国家や社会が忘れようとした出来事を拾い上げ、庶民の暮らしと言葉を記録し、権威を笑いによって相対化する精神が刻まれている。外骨の活字は、歴史の表通りではなく、その裏道に残された声を現代へ運ぶ。彼の著作集は、言論の自由と記録の意味を問い続ける、巨大な時代の保管庫なのである。
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