福島第一原子力発電所や敦賀原子力発電所で、黒人労働者が働いていたことが記録されている。著者は1979年の健康診断で彼らを見かけ、アメリカの企業を通じて日本へ送られてきたと聞いた。放射線量の高い区域では、短時間の作業を何度も繰り返し、被ばく線量が限度に近づくと、別の労働者へ交代させられたという。 言葉が十分に通じず、作業の危険性や被ばくの影響を理解できないまま働いた者もいた可能性がある。ただし、人数や経歴などの詳細は、著者が現場で聞いた証言を中心とするため、すべてが外部資料で確認されているわけではない。 それでも、この記録は、危険な作業が正社員から下請労働者へ、さらに外国人や貧しい人びとへ押しつけられる構造を映している。人種、国籍、貧困、雇用の弱さが重なったとき、声を上げにくい者ほど、大きな危険を背負わされるのである。
No comments:
Post a Comment