EU有害廃棄物輸出規制の歴史と現状
### 1990年代: 規制の発端
1995年6月、欧州連合(EU)は、有害廃棄物の輸出を全面的に禁止する方針を採択しました。この規制は、特にアフリカ(ナイジェリアやリベリアなど)やアジア諸国での不適切な処理が引き起こす環境汚染や健康被害への対策として導入されました。対象となった廃棄物には、ポリ塩化ビフェニル(PCB)、重金属(鉛・水銀)、および有機塩素化合物などが含まれます。
これまでドイツやフランスなどのEU加盟国は廃棄物処理を国外に委託することでコスト削減を図ってきましたが、この規制により自国内での処理義務を負うこととなりました。結果として、フランスでは年間50億ユーロ、ドイツでは40億ユーロの追加コストが発生すると試算され、特に中小企業に大きな影響を及ぼしました。一方で、北欧諸国(スウェーデンやフィンランド)は既に高いリサイクル率を達成しており、EU全体の模範とされました。
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### 2000年代: 規制の進展と国際協力
2000年代に入ると、EUは廃棄物の国際的な取り扱いに関する規制をさらに強化しました。2006年には「廃棄物輸送規則(Waste Shipment Regulation)」を施行し、OECD諸国間での廃棄物輸送に関する厳格な基準を設定しました。また、2008年には「廃棄物指令(Waste Framework Directive)」が改定され、都市廃棄物のリサイクル率を2020年までに50%以上にする目標が設定されました。
さらに、電気電子機器廃棄物(E-Waste)の急増に対応するため、2002年の「WEEE指令(電気電子機器廃棄物指令)」が2008年に改定され、メーカーに廃棄物回収とリサイクル責任が課されました。この結果、EU内での電子廃棄物のリサイクル率が向上し、環境負荷の軽減に一定の成果を上げました。
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### 2010年代: 持続可能性と循環型経済への移行
2010年代は、EUが循環型経済(Circular Economy)への移行を目指し、廃棄物規制のさらなる強化と持続可能な資源利用を促進した時期です。2015年、EUは「循環型経済パッケージ」を発表し、廃棄物削減、リサイクル率向上、廃棄物のエネルギー利用促進を柱とする政策を打ち出しました。このパッケージでは、2030年までに都市廃棄物のリサイクル率を60%、包装廃棄物を75%にする目標が設定されました。
また、プラスチック廃棄物の問題が大きく取り上げられ、2018年には「EUプラスチック戦略」が採択されました。この戦略では、2021年までに使い捨てプラスチック製品(ストロー、カトラリーなど)を禁止し、すべてのプラスチック包装材を2030年までにリサイクル可能にする目標が掲げられました。
一方で、2010年代のEUでは中国への廃棄物輸出が急増しました。しかし、2018年に中国が「国家固体廃棄物禁止令」を施行し、多くの廃棄物の輸入を禁止したことで、EU加盟国は輸出先を変更するか、自国内での処理体制を強化する必要に迫られました。この政策転換により、マレーシアやタイといった東南アジア諸国への廃棄物輸出が増加しましたが、これらの国々でも次第に輸入規制が強化されました。
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### 2020年代: 強化される規制と新たな課題
2020年代に入り、EUの廃棄物輸出量は増加し続け、2020年には約3270万トン(130億ユーロ相当)に達しました。このような状況を受け、2021年には「廃棄物輸送規則」の改正案が発表され、OECD非加盟国へのプラスチック廃棄物輸出が禁止されるなど、輸出規制がさらに強化されました。
2023年には「重要原材料法」が制定され、希土類元素やリチウムなどの重要資源のリサイクルが促進されています。これにより、フランスのケアスター社やドイツのヘレウス・レムロイ社などが電気自動車や風力タービンからの希土類磁石のリサイクル事業に注力しています。
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EUは、有害廃棄物の適切な管理と循環型経済の実現を目指し、規制を段階的に強化してきました。1995年の輸出禁止から始まったこの取り組みは、2000年代の国際協力、2010年代の循環型経済政策、2020年代の革新的な法規制を通じて進化を続けています。しかし、加盟国間での協力や技術的課題の解決が今後の鍵となるでしょう。
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