Saturday, June 7, 2025

「東京行進曲」の陰に――佐藤千夜子という時代の夢(昭和初期〜戦後)

「東京行進曲」の陰に――佐藤千夜子という時代の夢(昭和初期〜戦後)

昭和初期、ラジオ放送が始まり大衆音楽が芽吹き始めた日本で、「日本初の商業レコード歌手」として登場したのが佐藤千夜子だった。東京音楽学校を中退し、中山晋平や野口雨情と「全国歌の旅」を行ったのち、昭和4年『東京行進曲』が25万枚の大ヒットを記録。蓄音機が全国で約10万台という時代にあって、これは空前の快挙であった。

だが、彼女はその栄光の中でクラシックへの夢を追いイタリアへ渡る。帰国後は音楽界の主役が入れ替わっており、彼女の居場所はなかった。戦時中は慰問歌手として南方戦線を巡り、山本五十六から「夜戦部隊の歌」を託されるも、戦後は生活苦に陥り、詐欺で逮捕されるに至る。

盟友・古賀政男からの絶縁、借金の門前払い――「流行歌手」と呼ばれる屈辱を抱えて生きた晩年、彼女は新宿の病院で71歳で孤独に死去した。最期に口ずさんだのは、40年前の大ヒット曲「東京行進曲」だったという。モダン東京の夢を歌い上げた彼女の一生は、まさに昭和という時代の栄光と哀しみの象徴だった。

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