「われら反体制音楽家三人衆」―1971年・歌と酔いと風刺の時代
1971年、学生運動の余韻が街から消えつつあった頃、怒りや理想を直接ぶつける時代は終わりつつあり、代わりに酒場や街角から小さな声が響くようになった。高田渡は「歌詞は呪文だ」と語り、鋭い社会批評をユーモラスな語り口で包んだ。「イメージの喚起」こそが歌の力であり、怒鳴るのではなく、つぶやきが真実を運ぶのだという。なぎら健壱は「これはこれで文化だよ」と笑い、酔っ払いの客との喧嘩も、地方巡業のトラブルも、歌の一部として受け入れていた。彼にとって芸とは日常の延長だった。そして長谷川きよしは、視覚を持たないがゆえに磨かれた感性で、即興と共鳴の美学を語った。音と空間が彼の舞台であり、「見えないこと」は自由への入り口だった。三人に共通するのは「立場を持たない」態度だ。反体�
�ではあるが、組織や大義に属さず、歌うことでしか社会と関われない。彼らの語りは、時代の騒乱と静寂を同時に伝え、笑いと哀しみを織り交ぜながら、人間の誠実な在り方を模索していた。フォークという枠を超え、都市と政治と生活が交差する場に立った彼らの言葉は、今なお揺らぎながら、私たちの心の奥に染み込んでくる。
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