Sunday, June 29, 2025

江波杏子 男と女のはざまに咲いた赤い花―1960〜70年代

江波杏子 男と女のはざまに咲いた赤い花―1960〜70年代

映画『女の賭場』(1966年〜)で女賭博師・銀子を演じ、昭和の銀幕に鮮烈な印象を刻んだ江波杏子。着物姿に煙草、賽の音とともに揺れる黒髪。彼女は男性中心だった任侠映画の世界に、静かながらも圧倒的な存在感で切り込んでいった。『女の賭場』シリーズは全17作に及び、大映の看板シリーズとして隆盛を極めた。

この作品群が展開された1960〜70年代、日本は高度経済成長に沸く一方、戦後の影や格差も色濃く残る時代だった。スクリーンの中の賭場は、表社会からはみ出した者たちの居場所であり、そこに身を置く銀子の姿は、社会の片隅で毅然と生きる女の象徴でもあった。江波はその役に、強さと弱さ、義理と情、凛とした女らしさを同居させた。彼女の語尾のゆらぎや、視線の使い方、ため息ひとつが物語る哀愁は、演技というより「生き方」に近かった。

同時期に活躍していた女優には、藤純子(現・富司純子)、梶芽衣子らがいる。藤は『緋牡丹博徒』で任侠映画のヒロイン像を確立し、男社会の中で刃を抜く義理人情の女を演じた。一方で梶芽衣子は、より非情でクールな復讐劇『修羅雪姫』などで異端の存在感を放った。江波はこの二人と比べて「情の揺れ」を強く出す女優であり、過剰な暴力性よりも、色香と緊張感が支配する世界に生きた。

1971年に大映が倒産すると、映画界は斜陽に向かう。江波も一時はテレビドラマへと活動の場を移すが、年齢を重ねても変わらぬ美貌と確かな演技力で、老境の女性役を的確に演じ続けた。2018年10月27日、肺気腫による呼吸不全のため逝去。享年76歳。その死は静かに報じられたが、昭和の記憶を知る世代にとっては一つの時代の終焉だった。

昭和という激しい時代のうねりのなかで、江波杏子は賭場という舞台に咲いた赤い花だった。紅に濡れた指先と、抗うようなまなざし。それは「女」という存在の、矛盾と覚悟と美のすべてだった。

No comments:

Post a Comment