【一人称】「あの頃、医療ゴミは金になった――廃棄物業界の私が見た熱狂と混乱」―1994年
(全国産業廃棄物連合会 医療廃棄物専門部会 渡辺昇)
あの頃、正直に言えば、医療廃棄物ってのは"新しい金脈"だった。
私はずっと廃棄物業界にいて、かつてはゴミの処理なんてのはほとんどボランティア同然だった。値段が安いかタダ同然。「頼むから引き取ってくれ」って頭を下げられてやってたくらいだ。ところが、1989年に厚生省が「医療廃棄物処理ガイドライン」なんてのを出してから、流れが変わった。
注射針、チューブ、血の付いたガーゼ。そういうものは"感染性廃棄物"って名を付けられて、厳格な管理と処理が求められるようになった。これで何が起きたかって?
処理単価が一気に跳ね上がったんだよ。従来の10倍以上。
それまで1キロ50円程度だった処理費が1000円なんて話も出てきた。
するとどうなるか。業界に人が群がってくる。
不動産、建設、タクシー会社まで――それまでゴミと無縁だった連中が、次々とこの"感染性ビジネス"に参入してきた。
焼却炉を積んだトラックを走らせる奴もいれば、バーコードでゴミを管理するなんてハイテク気取りの会社も出てきた。NECだの富士通だの、大手も本気だった。
私はそのとき、業界団体の専門部会の責任者として、適正な処理のルール作りに奔走していたけど――内心では、「これは荒れるな」って思ってた。案の定、案の定だよ。
ダンピングが始まった。
1キロ1000円取る会社の隣で、50円でやるなんて業者が出てくる。どこでその差を埋めてるかって? 処理の手抜きだ。法改正前と同じ方法でゴミを焼いてるんじゃ、意味がない。ひどいとこは不法投棄すらあった。
何のために法改正したんだか。
私たちは"自主基準"を作って、業界の標準を引き上げようとしたけど、現場はそう簡単には変わらない。「ゴミで儲けたい」って欲望が先に走ってた。
だけどね、私は思うんだ。
この国は、"法令による市場創出"に過剰な期待をかけすぎる。
環境を守るためのルールが、いつのまにか"ビジネスチャンス"と化してしまう。医療廃棄物はその象徴だった。
私は、ゴミの値段が跳ね上がるのを見て喜ぶような人間じゃない。
本当に必要なのは、ルールを守って、人の命と健康を守るための処理がなされることだ。それに見合うだけのコストがかかるのは当然だと思ってる。
でも、あの頃の熱狂の中で、多くの人が"金の匂い"に踊らされた。
そのことは、業界にいた者として、私は決して忘れられない。
No comments:
Post a Comment