Wednesday, September 24, 2025

演歌師と社会主義思想 ― 1920年代の庶民文化と政治意識の形成

演歌師と社会主義思想 ― 1920年代の庶民文化と政治意識の形成

1920年代の日本において演歌師は単なる大道の流し芸人ではなく「大ジメ」と呼ばれる香具師の業態に属する存在であった。彼らは自作の歌詞と曲を携え口演しながら歌詞を書き付けたネタ本を売るまさにシンガーソングライターの先駆的な役割を果たしていた。音楽と出版を兼ねた活動によって演歌師は庶民に直接言葉を届ける独自のメディアとなったのである。

その中でも添田唖蝉坊の存在は特筆される。彼の作品には鋭い社会批判が込められ労働者の苦境や社会的不平等への怒りが歌に乗せられた。例えば選挙権の拡大を求める声や議会政治の腐敗を糾弾する風刺など当時の大衆が抱く不満や希望が直接表現されていた。こうした歌は読み書きが十分でなかった庶民層にとって格好の政治的教育の手段となり社会主義思想や民主主義への関心を自然に浸透させていった。

時代背景としては大正デモクラシーの風潮が庶民層にも広がりつつあったが同時に労働争議や小作争議が頻発し社会不安が高まっていた。新聞や雑誌は都市部の読者に限られ農村や下層都市民に広く浸透するには限界があった。その隙間を埋めるように街角や祭礼、寄席などで活動する演歌師の歌が人々に政治意識を育てる役割を担ったのである。

また演歌師は香具師社会に属していたため祭礼や市井の場で人々と直接接点を持ち思想を広げる絶好の媒介となった。歌は理屈よりも感情に訴える力を持ちイデオロギーの抽象的な理論を日常生活の中で理解できる言葉に翻訳した。結果として演歌師の活動は庶民文化の延長線上に社会主義思想を根付かせる重要な役割を果たしたのである。

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