「偽ニュースと選挙干渉 ― 2010年代後半、情報操作の時代」
2010年代後半、ソーシャルメディアは政治と世論形成の中心に位置づけられるようになった。その一方で、フェイスブックやツイッターは国家レベルの情報戦に悪用される舞台ともなった。特に2016年の米大統領選挙では、ロシアがサイバー空間を介して干渉したことが米情報機関や議会調査で確認され、国際社会に衝撃を与えた。
当時、ロシアの活動は直接的に投票結果を改ざんすることよりも、米国内の分断と不信感を増幅させることを狙っていたとされる。フェイスブック広告は低コストで膨大な拡散が可能であり、IRA(インターネット・リサーチ・エージェンシー)と呼ばれる組織が偽アカウントを使い、移民、銃規制、人種対立といった敏感な問題を狙い撃ちした。黒人層には「投票しても無意味だ」と投票ボイコットを促す投稿を行い、保守層には「移民が職を奪っている」と訴えるキャンペーンを展開した。こうして異なる層に対し異なる虚偽情報を流す「マイクロターゲティング」が実施された。
ツイッターでは自動化されたボットが大量に投稿をリツイートし、あたかも大規模な世論が存在するかのように演出された。研究によれば、選挙前の数か月間に数百万件の偽情報が米国人ユーザーに届き、総インプレッションは数億に達したとされる。これらの虚偽情報は、選挙戦の最終盤にクリントン陣営への不信感を強める役割を果たしたと考えられている。
背景には、冷戦後の米露関係の悪化がある。ウクライナ情勢やNATOの東方拡大をめぐる緊張の中で、ロシアは軍事力だけでなく情報空間でも対抗手段を模索していた。西側諸国の政治を揺るがすことで、自国の地政学的立場を有利に導く狙いがあった。こうした「ハイブリッド戦」の一環として、偽ニュース拡散が重視されたのである。
米国では2017年以降、議会公聴会でフェイスブックやツイッターの幹部が証言し、数百ページにわたる広告データが公開された。これにより、SNSが民主主義の基盤に与えるリスクが広く認識され、各国がディスインフォメーション対策を強化するきっかけとなった。偽ニュースと選挙干渉は、自由な言論空間がいかに脆弱であるかを世界に突きつけ、現代の民主主義の根幹を揺さぶったのである。
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