Tuesday, September 30, 2025

竹中労――芸能と権力のはざまで――1974年

竹中労――芸能と権力のはざまで――1974年

竹中労は戦後日本を代表する評論家の一人であり、その筆致は常に体制や社会の矛盾を鋭く抉った。彼がとりわけ注目を浴びたのは、国民的歌手・美空ひばりをめぐる擁護論である。1970年代初頭、芸能界は興行と暴力団の影響力が複雑に絡み合う場であり、ひばりの一家が暴力団との関係を疑われる事件も報じられていた。マスコミの多くは彼女を批判的に扱ったが、竹中はその渦中で「美空ひばりを守れ」という立場を鮮明にし、ひばりを単なる芸能人としてではなく、日本庶民の心情を背負った歌い手として位置づけた。

高度経済成長を経て、テレビと週刊誌が国民の娯楽と情報を支配する時代において、芸能人のイメージは商品化される一方でスキャンダルに晒されやすくなった。そうした中で竹中は、芸能界を「権力と資本に従属する産業」と捉え、そこで働く芸能人たちが時に不当なバッシングや差別を受ける構造を問題化した。彼の美空ひばり擁護論は、単なる一人の歌手を守る言葉ではなく、芸能界と社会の関係そのものを問い直す批評の試みであった。

1970年代は学生運動の挫折後、社会のエネルギーが文化や消費へと転化していく時期でもあった。竹中はその潮流を批判的に見つめつつ、庶民の感情が宿る芸能にこそ社会の真実が現れると考えた。ひばりの歌声に寄せる大衆の共感を、社会の現実から切り離された「虚構」としてではなく、大衆文化の底流にある抵抗や悲哀の表現として位置づけたのである。

竹中労の姿勢は、後の芸能批評にも大きな影響を与えた。芸能人と暴力団の関係を一面的に糾弾するのではなく、その背後にある社会構造や大衆心理にまで光を当てるアプローチは、彼ならではの批評精神といえる。彼が残した美空ひばり擁護の言葉は、芸能批評を単なるゴシップから解き放ち、社会を語る言葉へと押し上げる試みであった。

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