滅びゆく夜を映す赤線 ― 溝口健二遺作と女優たちの群像(一九五六年)
溝口健二監督の遺作『赤線地帯』(1956年)は、売春防止法をめぐる国会論争のさなかに公開された。舞台は東京・吉原の赤線で、酒場「夢の里」に生きる娼婦たちを群像的に描く。より江は普通の主婦への憧れを抱きつつ破綻し、ハナエは病夫と幼子を抱え苦闘する。若尾文子が演じたやすみは奔放さと孤独を併せ持ち、京マチ子演じるミッキーは戦後米軍文化を背負う存在として描かれる。木暮実千代は落ち着きと哀愁を湛える花井役で物語を支え、女優たちの演技が重層的に作品を形づくった。公開当時、売春防止法は1956年に成立し、翌年施行、刑事罰は1958年からと猶予を含む内容であった。溝口は法と現実の狭間に立つ女性たちの姿を正面から描き、戦後日本社会の矛盾を浮き彫りにした。撮影監督・宮川一夫の縦構図は社会
と個人の境界を映し出し、黛敏郎の音楽は揺らぎを強調した。監督は公開の年に没し、本作は遺作となる。『赤線地帯』は戦後日本映画のリアリズムの頂点に位置し、女優たちの存在感と共に日本映画史に刻まれる作品である。
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