伊東ゆかり ― 小指に託した恋心と昭和ポップスの輝き 1960年代~1970年代
伊東ゆかりは1947年東京生まれ。11歳の1958年に「クワイ河マーチ」でレコード・デビューし、和製ポップスの担い手として頭角を現した。テレビ普及と都市文化の成熟が進む時代、清楚で透明感のある声質と、洋楽感覚を取り入れたレパートリーで幅広い層をつかんでいく。幼少期から米軍クラブで歌った経験は、都会的で国際色のある持ち味の土台にもなった。
中尾ミエ、園まりと組んだ「スパーク三人娘」は62年に結成。『シャボン玉ホリデー』など人気番組で活躍し、明朗なステージングと確かな歌唱で"テレビの時代"を象徴した。伊東は三人の中でも、可憐さとポップ・バラードの叙情を両立させ、都会派青春歌謡の顔として独自の立ち位置を築いた。
代表作「小指の想い出」(1967)は、有馬三恵子作詞、鈴木淳作曲、森岡賢一郎編曲。小指の痛みという微細な感覚に誓いと別れを託し、個の感情を繊細にすくい上げた。年内でミリオンを突破、翌年までに公称150万枚に達し、1967年の日本レコード大賞歌唱賞、同年の『紅白歌合戦』歌唱につながる国民的ヒットとなった。高度成長の熱気に包まれながらも、私的な心の揺らぎを大衆歌に昇華した金字塔である。
続く「恋のしずく」(1968)は、より洗練された都会の情緒を湛える名バラードで、オリコン週間1位、同年年間5位を記録。1960年代末、若者文化が多様化する中で、洋楽テイストと日本語の叙情を結ぶ"新しい歌謡曲"のモデルを提示した。
同時代の比較で言えば、中尾ミエは痛快で明朗なポップ・アティテュード、園まりはムード歌謡の艶と余韻で魅せたのに対し、伊東は清楚さを基調に、可憐さと都会的メロウネスを橋渡しした存在だった。戦後の復興から成熟社会へ―恋のときめきと不安、憧れとためらい。その揺れる感情を、彼女は精巧なメロディと言葉のニュアンスで永続的な"記憶の歌"へと定着させたのである。
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