十朱幸代 ― 母性と情の厚さで昭和から平成を彩った女優(1942~)
十朱幸代は1942年11月23日、東京・渋谷に生まれた。高校時代からモデルを経てNHKドラマに出演し女優の道を歩み始め、1960年代には松竹映画に登場して清楚で落ち着いた雰囲気を漂わせた。初期は美貌と気品で注目されたが、単なるスターにとどまらず芯の強さを持つ役柄で評価を高めた。
映画では「戦争と人間」シリーズ(1970年代、山本薩夫監督)に出演。戦争責任や人間の在り方を問う重厚な物語の中で、複雑な運命を背負う女性を演じ、演技派としての地位を固めた。
しかし彼女の真価が広く認められたのはテレビドラマである。1975年、山口百恵と共演した「赤い疑惑」で白血病の娘を持つ母を熱演し、涙ながらに娘を見守る姿が社会現象となった。その後も「赤い運命」「赤い衝撃」など赤いシリーズで母親役の代表格となり、視聴者の心を強く揺さぶった。さらに1987年のNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」では伊達政宗の母・保春院を演じ、平均視聴率39.7%を記録した作品の成功を支えた。続く「春日局」(1989年)などでも歴史劇に挑戦し、役柄の幅を広げた。
舞台にも精力的に取り組み、シェイクスピア劇や現代劇で表現力を磨いた。ナレーションやエッセイ執筆など活動は多岐にわたり、落ち着いた語り口と知性も魅力となった。
同時代の山本陽子や岩下志麻が都会的・知的な女性像を体現したのに対し、十朱は母性や人情味を備えた役を得意とし、多くの家庭に寄り添う存在となった。映画界では吉永小百合や松坂慶子と並び、昭和後期から平成初期を代表する女優のひとりと位置づけられる。
彼女は昭和から平成にかけて、日本の映像文化の中で「母性愛の象徴」として確かな存在感を示し続けたのである。
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