清純と影のあわい ― 桂木洋子の軌跡 1950年代

清純と影のあわい ― 桂木洋子の軌跡 1950年代

桂木洋子（1930〜2007）は、戦後の日本映画界において清純と影を併せ持つ存在感で注目された女優である。敗戦後の混乱から復興へと向かう昭和20年代末から30年代初頭、映画は社会の現実を映す新しい表現を求めており、桂木はその流れの中で発掘された。松竹歌劇団に所属していた時期、木下惠介監督の『女』（1948年）に踊り子として出演し、やがて『破戒』（黒澤明脚本）で主人公の恋人役に抜擢された。彼女の大きな瞳と儚げな美貌は、戦後社会が抱える希望と不安を象徴した。

代表作には、黒澤明の『醜聞』（1950年）があり、父を支える病床の娘役で観客の涙を誘った。また木下惠介の『日本の悲劇』（1953年）では母を捨てる冷酷な娘を演じ、清純派からの脱皮を果たした。その後は『波』（1953年）、『密会』（1959年）などで不倫する人妻役を演じ、30歳を過ぎてからは美貌の奥に潜む不安定さを魅力に変えた。

同世代には都会的な淡島千景や気品ある久我美子がいたが、桂木は「清らかさと影」の二面性で異彩を放った。その歩みは戦後日本映画が模索した新しい女性像を体現し、昭和の銀幕に憂愁を添える存在であった。