歌手 夜が明けたら 新宿蠍座発 出立のブルース 1968-1970
浅川マキの「夜が明けたら」は一九六九年七月一日、東芝音楽工業エキスプレスレーベルからシングル盤として登場した。新宿蠍座での実況録音を表題曲に据え、カップリングは寺山修司作詞の「かもめ」という組み合わせで赤盤七インチの鮮烈な初出はのちのイメージを決定づけた。舞台となった蠍座はアートシアター新宿文化の地下に設けられ一九六八年十二月には夜十時開演の三夜連続公演が実験的に行われた。寺山修司の演出による朗読や独白を挟む進行は歌を宵の儀式へと変容させ、ゴールデン街や酒場を経て評判が波及しレコードに結晶した。作品は低く燻る声と抑制的な伴奏によって始発の汽車に乗る出立のイメージを描き、逃避と再生が同居する世界を立ち上げた。一九七〇年にはファーストアルバム『浅川マキの世
界』が発表され別テイクが冒頭を飾り、ライブとスタジオ録音が交錯する構成が蠍座の熱を封じ込めた。シングルとアルバムの差異は浅川が場ごとに構築し直す歌い手であったことを示し、その後の編集盤で初出が再評価される背景ともなった。「夜が明けたら」を聴くことは新宿の夜気を経由しつつ自らの朝の重さを測り直す体験であり、その感覚は半世紀を越えた現在もなお鮮烈に響き続けている。
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