夜更けの体温と新宿の輪郭 1970年代のジャズという居場所 1965年から1979年
誌面の一節は、職安通り近くでジャズを肴に杯を重ねる作家たちの夜を切り取る。1965~66年創業の新宿ピットインが核となり、新宿は60年代末から70年代にかけて、モダンやフリーの最前線を吸い寄せる「聴く場所」の都市へと変貌した。大音量のレコードに沈潜するジャズ喫茶と、生演奏と酒に身を預けるライブハウス文化が重層し、言葉はグラスの縁で鳴る音と同じ高さで転がる。周辺の職安通りは、多文化が交差する北側の動脈。70年代半ばには地下連絡通路の開通で回遊性が増し、夜の往来はさらに濃くなる。本文に見える店名表記の揺れも含め、ジャズの店が都内各所に生まれた時代の空気が、一行の固有名詞にまで沈殿している。ページの余白には、音の残響と都市の記憶が重なっている。新大久保では60年代後半から在日�
��コミュニティが育ち、職安通り界隈の夜には他所の言葉や食の匂いが混じった。南青山に1974年創業の老舗BODY&SOULなど、場所は違えど同時代の店々が都内の点を結び、耳の都・東京を形作っていく。作中の会話は、そのネットワークに揺られながら、演奏の余韻に合いの手を入れるように続く。
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