Monday, September 22, 2025

布施明 ― 抒情を響かせた新時代の歌声 1970年代

布施明 ― 抒情を響かせた新時代の歌声 1970年代

布施明は昭和22年、三重県生まれ。昭和40年代後半から50年代にかけて、日本歌謡界に新しい抒情性をもたらした存在である。高度経済成長が一段落し、オイルショック後の不安定な時代を迎えた日本では、演歌や歌謡曲にも変化が生じていた。庶民の労苦を描いた演歌と並行して、より叙情的で繊細なメロディを求める層が増え、布施明の歌声はその時代の空気と見事に響き合った。

代表曲「シクラメンのかほり」(1975年)は、小椋佳の作詞作曲によるバラードである。従来の演歌や歌謡曲にはなかった繊細な詞世界と、布施の甘くも伸びやかな声が融合し、圧倒的な支持を集めた。この楽曲は戦後の歌謡史の中でも異彩を放ち、青春の淡い感情や人生の儚さを静かに歌い上げたことで、多くの若者や大人たちの共感を呼んだ。オイルショック後の閉塞感を抱えた社会に、ほっと胸をなで下ろすような優しさを与えた点が大きい。

同時代には森田健作の「さらば涙と言おう」や小椋佳自身の作品群が人気を博したが、布施明の歌はより技巧的で声量豊かであり、ポップスと演歌の間を橋渡しする存在となった。従来の演歌的情念とも、西洋ポップスの軽快さとも異なる「叙情の厚み」を示した点で特別な位置を占める。

以後も「愛は不死鳥」「積木の部屋」などを世に送り出し、布施はテレビや舞台でも活躍。昭和歌謡から現代に続く「バラード歌手」の地位を確立した。彼の歌声は、経済変動や社会不安に揺れる1970年代の日本に、心の潤いをもたらした象徴的存在であった。

No comments:

Post a Comment