布施明 ― 抒情を響かせた新時代の歌声 1970年代
布施明は昭和22年、三重県に生まれ、昭和40年代後半から50年代にかけて日本歌謡界に抒情性を新しく持ち込んだ存在である。高度経済成長が一段落し、オイルショック後の社会不安が広がる中、人々は演歌の情念や従来の歌謡曲とは異なる、繊細で心に寄り添う歌を求めた。その時代に布施の甘く力強い声は、多くの聴衆の心に響いた。
代表曲「シクラメンのかほり」(1975年)は小椋佳が作詞作曲し、青春の儚さや人生の哀愁を静かに歌い上げた作品である。従来の演歌の泥臭さや都会的ポップスの軽快さとは異なる新しい抒情歌として、大ヒットを記録した。閉塞感を抱えた社会において、この曲は優しく人々の心を癒やし、布施明の存在を不動のものにした。
また「愛は不死鳥」「積木の部屋」なども次々と発表され、彼の歌は技巧と声量を生かしながら、バラードを中心に歌謡曲の幅を広げた。同時代に森田健作や小椋佳らも人気を得たが、布施はより力強い歌唱で演歌とポップスの中間に位置し、独自の存在感を示した。
こうした活躍によって布施明は「バラード歌手」という新たなジャンルの旗手となり、昭和歌謡の中で特異な位置を占める。彼の歌は、経済の変動に揺れる1970年代の日本人に精神的な潤いを与え、後世に歌い継がれる価値を持つものとなった。
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