豊島区の清掃工場建設 ― 1990年代の都市ごみ政策と関連技術の実像
1990年代の東京は、ごみ量の増加と最終処分場の逼迫、さらに堺市でのダイオキシン問題を背景に、焼却施設の高性能化と分散配置が急務となった。東京都は「自区内処理の原則」を掲げ、各区で安定的に処理できる体制を整備。豊島区上池袋の新清掃工場もその一環で、かつてのマンモスプール跡地に1日400トン処理能力を持つ施設が1999年竣工予定で進められた。特徴は最新の流動床焼却炉を採用し、均一燃焼や酸性ガス低減を可能にした点にある。排ガス処理は急冷装置、石灰噴霧、活性炭、バグフィルターを組み合わせ、ダイオキシンや水銀を大幅に低減。さらにSNCR方式による窒素酸化物削減、場合によってはSCRも検討された。臭気や騒音対策も重視され、負圧管理や消音技術、CEMSによる連続排出監視を導入。資源循環面では鉄�
��非鉄回収、灰溶融によるスラグ化が進められ、最終処分量削減も目指された。排熱は地域冷暖房やプールなどに供給され、都市型エネルギー拠点としての役割を担った。この計画は、都市部での安全性・資源循環・地域共生を統合した1990年代東京の到達点を示していた。
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