奄美大島の広域基幹林道建設 ― 1990年代の開発と環境保護のせめぎ合い
1990年代の日本では、地方振興と自然保護の両立が大きな課題となっていました。特に奄美大島は、沖縄と並ぶ亜熱帯圏の生物多様性の宝庫として知られ、固有種が多く生息する地域でした。アマミノクロウサギやケナガネズミは、その象徴的存在であり、環境省のレッドデータブックでも早くから絶滅危惧種に指定されていました。一方で、島内の交通インフラ整備は遅れており、観光振興や地域住民の生活改善のために広域基幹林道の建設が計画されました。
当初の計画では、全長19キロメートルに及ぶ道路を切り開く予定でしたが、対象区域が希少生物の重要な生息地であることが判明。環境影響評価の結果、自然破壊のリスクが大きいと指摘されました。このため、のり面を極力削らず、側溝を設置しない、コンクリート擁壁を避けて「盛土工法」を用いるなど、従来の開発型工事から「環境配慮型工法」への転換が図られました。
背景には、1990年代に国内外で高まった生物多様性保全の潮流があります。1992年のリオ地球サミットで採択された「生物多様性条約」により、希少種や生態系を守ることが国際的課題となり、日本国内でも開発事業に対する環境アセスメントの導入が進んでいました。奄美大島はこの流れを象徴するケースであり、島の自然を「地域資源」として保全しながら活用する方向へと政策が動いたのです。
この事例は、地方の経済開発が単純にインフラ拡充を目指すのではなく、自然との共生を前提とした設計に移行する端緒となりました。同時に、奄美大島が持つ豊かな生態系を未来へと継承するために、開発と保護のバランスをどう取るかという日本社会全体の課題を映し出していたといえます。
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