立山黒部アルペンルートでブナ立ち枯れ ― 1990年代の観光開発と環境負荷
1990年代、日本の観光は高度経済成長期に整備された観光地インフラを背景に大衆化が進み、特に立山黒部アルペンルートは国内外の観光客を惹きつける象徴的な山岳観光ルートとなっていました。関西電力の黒部ダムと立山の雄大な自然景観は「人と自然の共生」の象徴とも喧伝されましたが、その一方で大量の観光客がバスや自家用車で訪れることによる環境負荷が深刻化していました。
京都大学の調査では、ルート沿いのブナ林で4分の1がすでに枯死しており、今後15〜20年で大半が失われる恐れがあると警告されました。原因の一つは観光バスやマイカーによる排ガスで、年間約3万台が走行し、窒素酸化物やオゾン生成による大気汚染がブナの生育を阻害していたとみられます。加えて、地球温暖化による気候変動が高山域の植生に影響し始めていた点も無視できません。
当時の日本ではダイオキシン問題や都市型公害への対応が強化される一方、山岳観光地の環境負荷にはまだ十分な対策が取られていませんでした。しかし、この問題をきっかけに「エコツーリズム」や「自然と調和する観光」の理念が注目を浴びるようになり、立山黒部でもマイカー規制や低公害車導入が検討される契機となりました。
ブナは冷涼な気候を好む日本の代表的な落葉広葉樹であり、立山黒部の景観にとっても不可欠な存在です。その立ち枯れは単なる森林被害にとどまらず、観光資源の持続可能性や地域の文化的価値に直結する問題でした。1990年代の立山黒部での調査は、日本における観光と環境の矛盾を浮き彫りにし、持続可能な観光政策の必要性を社会に問いかけるものであったといえます。
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