中国移動の欧州データセンター開設(2019年) ― データ主権をめぐる新たな地政学
2019年12月、中国最大の通信事業者である「中国移動(China Mobile)」が、同社として初めてヨーロッパにデータセンターを開設しました。これは単なるインフラ整備ではなく、当時の国際情勢を映し出す象徴的な出来事でした。
背景には「データの覇権」が国家戦略の最前線に浮上していた状況があります。クラウドサービスや5G通信の普及に伴い、各国はデータの保管場所や処理方法を「国家安全保障」と直結する問題と捉えるようになっていました。欧州連合(EU)では2018年に「一般データ保護規則(GDPR)」が施行され、個人情報や企業データを守る法的枠組みが強化されていました。こうした中で中国企業が欧州に拠点を置くことは、現地市場への浸透だけでなく、「欧州のルールの中でデータを扱える」という政治的メッセージにもなったのです。
さらに当時は米中の技術覇権争いが激化しており、特にHuaweiをめぐる5G排除の動きが欧米で広がっていました。アメリカ政府は「中国企業のデータセンターや通信設備は監視やスパイ活動に利用される危険がある」と繰り返し警告し、同盟国にも利用制限を求めていました。その一方で欧州諸国は、コストや技術面で中国企業に依存せざるを得ない現実を抱えており、警戒と協力の間で揺れていました。
中国にとっても、欧州進出は戦略的な意味を持っていました。「一帯一路」構想の一環としてデジタル・シルクロードを掲げ、アジアからアフリカ、ヨーロッパに至るまで光ファイバー網やデータセンターを配置することで、自国発の通信・データインフラを拡大する狙いがあったのです。ジブチの港湾やアフリカ各国の通信網投資と並び、この欧州データセンターも「中国が情報の回廊を築く」象徴とされました。
こうした動きは「データは21世紀の石油」と称された時代の潮流そのものでした。つまり、誰がデータを管理し、どこで処理するかが、エネルギー資源や軍事力と同等の地政学的影響を持つと認識されていたのです。2019年の中国移動による欧州拠点開設は、単なるビジネス展開ではなく、「データ主権」と「国際的信頼」をめぐる大国間競争の一断面でした。
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