### 永遠の別れ ― 『東京物語』に映る戦後家族の断章(一九五三年)
『東京物語』(1953年、小津安二郎監督)のクライマックスで交わされる紀子(原節子)と義父・周吉(笠智衆)の対話は、日本映画史屈指の名場面である。戦死した夫を持つ未亡人紀子と、妻を失った周吉が向き合うこの場面は、戦後社会の家族像と価値観の揺らぎを象徴している。紀子は「私はそんなにいい人間じゃありません」「ずるいんです」「心のすみで何かを待っている」と自らの弱さや不安を吐露し、周吉は優しく受け止めて妻の形見である懐中時計を渡す。紀子が嗚咽する姿は原節子自身の心情を映すように受け止められ、観客に深い余韻を残した。背景には戦後の急速な核家族化や旧来の家族制度の崩壊があり、老夫婦が子どもたちから顧みられず孤立する姿は、日本社会が抱え始めた「家族の断絶」を先取りして�
�いている。そんな中で、血縁を越えて義父母に寄り添う紀子の存在は、伝統的美徳と新しい人間関係の在り方を同時に示した。この会話は単なる親子の別れではなく、戦中・戦後を生き抜いた女性像の告白として今なお強い力を持ち、戦後日本の精神史を象徴するシーンとして語り継がれている。
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