Saturday, September 20, 2025

香具師と社会運動 ― 大正末から昭和初期にかけての漂泊者たちの力

香具師と社会運動 ― 大正末から昭和初期にかけての漂泊者たちの力

香具師たちは、都市社会の中で周縁に追いやられ、被差別的な視線を浴び続けた存在でした。彼らは定住地を持たず、祭礼や縁日を渡り歩いて商売を営み、露天商として生計を立てました。そのため都市や農村の境界を自在に行き来し、庶民と接触する場面が多かったのです。こうした立場が、彼らを単なる周縁者にとどめず、大衆社会の「媒介者」として機能させました。

1920年代は関東大震災後の混乱と労働争議の高揚期にあたり、貧困や格差に直面した庶民は政治への関心を高めていました。治安維持法が制定され、社会主義や共産主義の活動が厳しく取り締まられる一方で、運動側は地域の縁日や娯楽の場に潜り込み、大衆との接点を模索しました。このとき香具師のネットワークは、演説会や集会への動員、あるいは資金の寄付という形で利用されることもありました。漂泊の生活を通じて鍛えられた結束や「顔のつながり」は、官憲の監視を潜り抜けるうえで大きな役割を果たしたのです。

また香具師たち自身も社会的不安定層に属していたため、労働者や小作農の苦境に共感する部分がありました。兄弟分や親分子分といった人間関係を基盤に、仲間を守り合う気風は、社会運動にとって貴重な支えとなりました。彼らは理論を唱える知識人ではなく、庶民に密着した「動員の担い手」であり、下層民衆が自らの声をあげる際の心強い味方でもあったのです。

つまり、香具師と社会運動の関係は、単なる偶然の連携ではなく、当時の社会的矛盾と大衆の不満が結びついた必然的な産物でした。周縁に生きる者たちが、逆に社会の変革を下から支える力となった点に、この時代の特徴を見ることができます。

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