気候アパルトヘイトの影 ― 二十一世紀の不平等

気候アパルトヘイトの影 ― 二十一世紀の不平等

「気候アパルトヘイト」という言葉は、気候変動がもたらす影響が社会的、経済的格差によって不公平に分配される状況を指し示す概念である。二〇一九年、国連人権理事会の特別報告者フィリップ・アルストンは、裕福な人々は冷暖房設備や保険、移住手段を通じて災害や猛暑から逃れられる一方、貧しい人々は最も被害を受けながら、それを回避する術を持たないと警告した。彼はこの不平等を「アパルトヘイト」という強い言葉で形容し、国際社会に衝撃を与えた。

気候変動の進行は、干ばつや洪水、海面上昇といった形で人々の生活基盤を脅かし続けている。だがその影響は一様ではなく、富裕層は避難先を選び、都市インフラの恩恵を享受することができるのに対し、低所得層や途上国の住民は、災厄の只中に取り残される。熱波の襲う都市で、エアコンのある暮らしを享受する人々と、酷暑に耐えながら健康被害にさらされる人々。洪水や干ばつにより生活基盤を失い、気候難民として移動を余儀なくされる農民たち。その姿は、気候変動が単なる自然現象ではなく、社会的に構造化された不平等を増幅する力であることを示している。

さらに歴史的視点から見れば、温室効果ガスを多く排出してきたのは先進国であるにもかかわらず、被害を最も深刻に受けているのは排出量の少ない途上国である。太平洋の小島嶼国やバングラデシュの人々は、責任の小ささとは裏腹に、海面上昇によって国土や住居を失い、存亡の危機に立たされている。ここには気候正義の問題が横たわり、国際政治においても避けては通れぬ問いが突きつけられている。

もちろん「アパルトヘイト」という言葉は過激であるとの批判も存在する。制度的人種隔離を想起させる比喩が適切かどうかは議論を呼ぶ。しかし同時に、その言葉の強さが、気候変動を単なる環境問題ではなく、人権と社会的平等の問題として捉え直す契機となったのも事実である。気候アパルトヘイトという表現は、弱者をさらに脆弱に追い込む構造を可視化し、私たちに行動の必要性を突きつけるものである。

二十一世紀の世界は、この「気候の影の隔たり」を前に、持続可能な未来と公平な社会をいかに両立させるのか、その答えを迫られているのである。