ダークウェブの匿名市場の拡大 ― 技術と時代背景
2000年代後半、匿名市場の拡大を支えた中核技術はTorネットワークとビットコインである。Tor(The Onion Router)は多層的な暗号化と中継サーバを経由することで、利用者のIPアドレスを秘匿し、追跡を極めて困難にした。もともとは米海軍研究所が通信秘匿のために開発したが、一般に公開されると反体制派やジャーナリスト、そして犯罪者に利用されるようになった。これにより従来のサーバ監視や通信傍受をすり抜ける匿名サイトが次々と誕生した。
もう一つの要素は暗号通貨ビットコインである。2008年にサトシ・ナカモトが発表したビットコインはブロックチェーンによる分散型台帳を用い、中央銀行や金融機関を介さずに取引可能で、国家の規制から逃れる通貨として機能した。当時は実社会での利用が限られていたが、ダークウェブ上では匿名決済の手段として急速に広まり、取引を拡大させる原動力となった。
さらにPGP暗号(Pretty Good Privacy)が個人間通信に活用され、出品者と購入者のやり取りは強固に守られた。これらの技術が組み合わさることでSilk Roadのような匿名市場は、従来の犯罪市場とは異なる国際的かつ分散型の取引基盤を構築した。
時代背景としては2008年のリーマンショック後に金融機関への信頼が揺らぎ、中央権力に依存しないシステムへの関心が高まっていた。こうした状況で匿名で自由に取引できる市場は魅力的に映り、利用者が急増した。だが同時に薬物や偽造文書、武器の取引が横行し、国家安全保障への脅威ともなった。結果として2013年のFBIによるSilk Road摘発以降、AlphaBayやDream Marketなど後続サイトが登場し、規制と匿名技術のいたちごっこが続いていくことになる。
No comments:
Post a Comment