幻想を拒む眼差し―金子光晴の思想的回想(戦前から戦後)
金子光晴は、大正から昭和にかけて生きた詩人であり、その思想の根底には「幻想に酔うな」という一貫した姿勢があった。彼が青年期を過ごした大正期は、浪漫主義やモダニズムが花開き、芸術が夢や理想を追い求める風潮に満ちていた。しかし彼は、そうした幻想を「現実から目を逸らす虚飾」と見なし、常に現実の人間の姿を直視することにこだわった。
戦時下に入ると、多くの文学者や芸術家が国家主義的なプロパガンダに動員され、理想や大義の名のもとに言葉を弄した。だが金子はそこに加担せず、むしろ「夢に酔って人間を見失う危険」を指摘し続けた。その眼差しは戦後も変わらず、復興と高度成長の中で再び社会が「進歩」という幻想に酔おうとする時代にあっても、彼は人間の矛盾や弱さにこそ真実があると訴えた。
インタビューの中で彼は落語やSFといった大衆文化にも触れ、それらを単なる娯楽としてではなく、現実の人間を映す鏡として捉えていた。笑いや虚構の中に潜む人間臭さ、矛盾、滑稽さを読み取る姿勢は、幻想に酔わず、現実を見据えようとする彼の信条そのものであった。
金子光晴の思想は、戦争体験を通じて幻想の危うさを知った世代の警鐘であり、戦後日本が近代化の中で再び虚飾に流されることへの批判でもあった。彼の言葉は、文学や芸術の役割を「現実を直視し、人間の矛盾を描くこと」に定める試みとして、今なお重い響きを持ち続けている。
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