Monday, September 22, 2025

江戸の影を担う者たち―車善七の勢力と都市統治の裏側―江戸時代

江戸の影を担う者たち―車善七の勢力と都市統治の裏側―江戸時代

江戸時代の都市社会において、最下層の被差別民である非人は、日常生活の中で軽視されながらも、治安維持や司法の裏方を担う重要な役割を果たしていた。その頂点に立つ存在が「非人頭」である。中でも有名なのが、浅草田圃に拠点を構えた車善七であった。

善七の居所は吉原遊郭の南西、塀外の一画に設けられ、ここに多数の非人を集めて支配していた。彼の権力基盤は幕府公認の公役によって保証されていた。具体的には小塚原刑場での死体処理、罪人の引き回し、さらには火災や疫病などで亡くなった無縁仏の処理といった仕事である。これらは一般の町人や武士が忌避する穢れと結びついた役務であり、非人が一手に引き受けることで秩序が維持されていた。

また、浅草田圃には無宿者や罪人を一時的に収容する溜が置かれており、善七はその管理も任されていた。これは現在でいう留置場や簡易拘置所に近い機能を果たし、町奉行所や牢屋奉行の活動を補完する制度であった。非人頭がこの権限を持つことは、単なる社会の底辺に留まらず、司法制度の一部を構成していたことを意味する。

時代背景として、江戸の人口は100万人を超え、無宿者や犯罪者が急増していた。治安の維持は幕府にとって喫緊の課題であり、公式の武士組織だけでは対応できなかった。そのため非人頭のような存在が都市統治の補助線として不可欠となったのである。車善七はこの構造の象徴的存在であり、差別と権力の矛盾を体現する人物でもあった。

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