### 遊廓という影の記憶―大正から昭和初期の回想

### 遊廓という影の記憶―大正から昭和初期の回想

「遊廓とは何か」。私は時折、この問いを胸に浮かべる。若い頃、浅草や千束町の界隈を歩いたとき、女たちから「まだお前さんたちの来る所じゃないよ」と突き放されたことがある。その一言は、少年と大人の境界を思い知らされる瞬間であった。遊廓は単なる色事の場ではなく、都市の秩序や社会の儀礼が濃縮された場所だったのだ。

大正十二年の関東大震災は、その空間を一気に飲み込んだ。浅草の象徴であった十二階は倒壊し、千束町の遊廓も炎に包まれて消え去った。震災以前、浅草は東京の庶民文化の中心であり、活動写真館、見世物小屋、銘酒屋と称する私娼窟がひしめき合っていた。そこは喧騒と雑踏の渦の中にありながらも、欲望と好奇心を抱えた若者にとっては、未知の世界への入口だった。震災後、都市は再建されていったが、千束町の遊廓は再び姿を現すことはなかった。消滅した街並みは、私にとっては青春そのものの喪失と重なった。

浅草と並んで語られる玉の井の界隈には、また別の情景が広がっていた。千束町のような華やかさや喧噪はなく、ひっそりとした路地が迷路のように入り組んでいた。街灯は裸電球が頼りで、人の顔さえ判別しにくい薄暗さ。湿った空気が常に漂い、そこにいるだけで現世から隔絶されたような気配があった。私はその路地で女たちと向き合い、色事以上のものを感じ取った。彼女らとの会話は、欲望の交渉を超えて、時に人生や社会の影を映し出していた。

思えば、遊廓でのやりとりは私にとって試練だった。拒絶されることで自分の未熟さを知り、また迎え入れられることで社会に踏み込む感覚を味わった。そこには単なる遊びや慰みではなく、都市の盛衰や制度の力、そして若者が社会とどう折り合いをつけていくかという問いが潜んでいたのだ。

だからこそ「遊廓とは何か」という問いは、今もなお私に響く。浅草の喧騒も、千束町の消滅も、玉の井の湿った路地も、すべては大正から昭和初期にかけての都市文化と時代の影を映し出す記憶である。そしてそれは、私自身の青春の姿そのものであった。