Friday, October 2, 2026

言葉の外へ歩いた批評家 瀧口修造 1903年-1979年

瀧口修造は1903年に富山県に生まれた詩人、美術評論家です。慶應義塾大学で西脇順三郎に学び、1920年代後半からシュルレアリスムに強く関心を寄せました。1930年にはアンドレ・ブルトンの超現実主義と絵画を翻訳し、日本にシュルレアリスム美術を紹介する重要な役割を担います。資料では、小林秀雄との対照を通じて、文学作品の内面を読み込む批評とは異なり、絵画や写真、映画など複数の芸術領域へ開かれた瀧口の姿勢が論じられています。 戦後は読売アンデパンダン展やタケミヤ画廊などを通じて若い前衛作家たちと深く関わり、1958年にはヴェネチア・ビエンナーレ日本館のコミッショナーと審査員を務めました。1960年頃からは自らドローイングやデカルコマニーなどの制作にも取り組み、批評する人から制作する人へと境界を越えていきます。瀧口にとって言葉は作品を説明するためだけの道具ではなく、未知の表現へ近づくための実験そのものでした。

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