鉱毒に沈んだ山河――別子銅山と足尾銅山の悲劇（明治10年代）

鉱毒に沈んだ山河――別子銅山と足尾銅山の悲劇（明治10年代）

明治時代、日本は富国強兵・殖産興業の旗印のもと、近代化を急速に推し進めていた。鉄道の敷設、製糸工場の建設、重工業の振興など、欧米列強に追いつこうと国家主導の産業化が進展するなかで、その代償として各地の自然や人々の暮らしが深く傷ついていった。とりわけその象徴とされたのが、愛媛の別子銅山と栃木の足尾銅山における鉱害問題である。

別子銅山では住友家が経営し1874年から精錬所を運営。だが排煙に含まれる亜硫酸ガスが山林を枯らし、酸性雨によって土壌はやせ細り、周囲の農地は次々に被害を受けた。川は死に魚も絶え、やがて人々の生活圏は崩壊していった。住友は一時的に対策として煙害被害地に補償を行ったものの、本質的な構造転換には至らなかった。

一方、足尾銅山では1877年の明治政府による国営事業化を経て、後に古河財閥が経営権を取得し規模が急拡大。鉱石から銅を取り出すための精錬過程で発生する鉱毒は渡良瀬川を通じて流下し、下流域の群馬・埼玉にまで及ぶ農業被害をもたらした。特に水田に沈着した鉱毒は稲作に深刻な打撃を与え、1890年代には農民たちが暴動を起こし、鉱山停止を求めて国会請願運動へと発展する。

この足尾鉱毒事件の象徴的人物が、衆議院議員としても活動した田中正造である。彼は国会で「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」と訴え、1901年には天皇への直訴を図って辞職。だが当局は強制収容を進め、谷中村（現・栃木県渡良瀬遊水地）は廃村へと追い込まれる。

これらの事件は、明治政府が国家の近代化と経済成長を優先するあまり、環境と住民の生活に対する配慮が後回しにされていたことを象徴する。公害という言葉すら存在しなかった時代、被害の補償も法整備も不十分ななかで、個別の訴えや社会運動がなければ問題は放置された。これが「被害の顕在化後にしか動かない」という、日本の環境行政の宿痾を露呈させる典型例でもあった。

そして、この足尾と別子の鉱害は、後の昭和の水俣病・イタイイタイ病へと連なる「近代公害史の原点」として記憶されることになる。明治期の光と影が交錯するこの時代、日本の近代化は、同時に自然との関係を決定的に変えてしまった転換点でもあった。