鶏ふんの河を越えて――徳島・美馬郡の堆肥革命(1994年)
1990年代初頭、環境保全の機運が日本全国で高まりを見せるなか、地方の畜産業が抱える公害問題が顕在化していた。中でも徳島県美馬郡――この四国山地に囲まれた静かな農村地帯では、養鶏業の発展の裏側で、ある深刻な環境破壊が進行していた。
美馬郡は全国屈指の養鶏地帯であり、300戸以上の農家が年間14万トンにのぼる鶏ふんを排出していた。しかしその多くは適切な処理がなされず、山林や河川敷に投棄されることが常態化していた。周辺では水質汚染が進み、夏には悪臭が立ち込め、住民からは「このままでは郡全体が"糞害地帯"になる」との悲鳴が上がった。
折しも1993年に「環境基本法」が施行され、翌1994年には「持続可能な社会」「循環型社会」という理念が政策の中で強調されるようになった。こうした国の動きに呼応するかたちで、美馬郡の養鶏農家たちは立ち上がる。農業協同組合、関連企業、そして行政が手を取り合い、第三セクター「美馬堆肥センター」を設立。国の補助も受け、郡内8か所に堆肥化施設を整備し、全量回収・再資源化の体制を構築した。
この堆肥センターは、単なる廃棄物処理施設ではなかった。回収された鶏ふんは発酵・熟成を経て良質な堆肥へと生まれ変わり、県内の野菜や果樹の生産農家へ供給された。これにより、農薬や化学肥料への依存を減らす有機農業の推進にもつながり、「廃棄物が資源になる」という循環型社会の理念が、地方の現場で具体的に形を成したのである。
この取り組みは、地方における畜産と環境保全の両立を象徴する事例として、全国から注目を集めた。大量生産・大量廃棄という時代の潮流に抗い、美馬郡は地域の知恵と連携で「持続可能な農業」の道を切り拓いたのだった。鶏ふんという忌避されがちな存在が、やがて命を育む肥沃な大地を蘇らせた――それは、失われつつあった自然と人との関係を取り戻す、小さな革命でもあった。
No comments:
Post a Comment