湖底に沈む緑の声――手賀沼と藤本治生の挑戦(2000年)
2000年、千葉県手賀沼は全国でも最悪の水質とされる「ワーストワン」の湖だった。急激な都市化で生活雑排水が流入し、富栄養化が進行。夏にはアオコが水面を覆い、悪臭を放っていた。だがその汚れた湖に、静かに挑む男がいた。外資系企業の会社員であり、空手師範であり、そして週末はNGO代表でもある藤本治生――彼は独自の発想で環境問題に立ち向かっていた。
藤本が率いる「ソフト・エネルギー研究会」は啓蒙よりも技術開発に重点を置いた市民団体だった。彼が開発した「アオコバスター」は、超音波でアオコのガス胞を破壊する手作りの装置。電力消費は少なく、木製パレットとPETボトルを組み合わせた再利用素材による低コスト設計だった。その試みは単なる除去ではなく、富栄養化を活かした「湖上農法」へと展開。手賀沼を液肥に見立て、クワイやエンサイの栽培に成功し、大学による安全性の確認も得ている。
この活動の背景には、彼がスペインで出会った「ゆとりある暮らし」があった。競争と効率に追われる日本の生活からの転換を模索する中で、環境問題こそがその鍵だと考えたのだ。当時は京都議定書の採択から数年が経ち、「持続可能な社会」や「循環型経済」が日本でも政策課題になりつつあった。藤本の取り組みは、その潮流の先端を市民レベルで体現していた。
藤本のNGOは小さな団体だが、社会制度に縛られない柔軟さと情熱で、大企業にも行政にも真似できない発想を現実にしていく。湖底に沈むのはアオコだけではない。そこには、未来の暮らし方への問いかけが、静かに響いている。
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