「第1章 生物学的進化論と、その解釈」
「ベルグソンの創造的進化」第1章の生物学的進化論と、その解釈について見ていきたいと思います。これも2ページぐらいしかないのですが、象徴的な表現として、「祖先から子孫に伝えられ、しかも子孫が共通して持っている感覚」とあり、キャンバスの上に子孫は命名の独創的な仕事を残す、というような表現があります。
「何もない」というのは、「何も存在しない」と言っているわけではありません。「無」とは「無いこと」ではなく、むしろ「存在の前提」になっているのです。つまり、生き物が現れるというのは、「無」から何かが生じたのではなく、何か――武士の記憶でいうところの「イマージュ(image)」のようなもの――全宇宙的なイマージュの中から部分的に切り出されて現れてきた、ということです。
要するに「刺繍」に例えられているわけです。だから「無」というのは「素材」であって、「何もない」ことではない。その素材の中から、部分的に生命が出てくる。それが「刺繍を施す」ということなのです。
刺繍は、全体の布そのものにはなりえないが、それぞれの刺繍が何かしら形を持つ。そして、その形が似ている。おそらくそれが、これから出てくる「目」の話につながるのでしょう。
「目」という器官は、さまざまな種の生物に出現します。それは、ある意味フラクタルに近い。分岐があり、もともと同じものから分かれてきているので、それぞれの種に同じような構造を持った器官が出現する。元をたどれば同じ。これが「創造的進化」の一言で表される内容だと思います。
宇宙全体というものがあり、そこから部分部分に少しずつ分岐していく。そして、細かく分かれていく。もともと一つだったものが分裂していく。これは、細胞のリアリティにも近い。もともと宇宙にあったものが分裂していったので、元は同じであり、現在の分岐点もすべてを内包している。
このような構造は、フラクタルとかエントロピーといった文脈でも説明可能ですが、こういった概念が未発達だった時期においては、やはり数学では説明しきれないものだったのだと思います。
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