容器包装リサイクル法と中国のブラックホール ― グローバル化と制度疲労(2000年代前半)
2000年、日本はリサイクル元年とも言える法制度の大転換期を迎えた。容器包装リサイクル法(1995年公布・2000年完全施行)を皮切りに、家電、建設、食品など、各分野に個別リサイクル法が制定され、「循環型社会形成推進基本法」によって理念面も整備された。国民もまた、分別排出という行動様式を定着させていった。
しかし、制度が整ったその直後から、皮肉なまでにグローバル経済の荒波が襲う。2001年、中国がWTOに加盟し、経済成長に拍車がかかると、鉄・非鉄金属、古紙、プラスチックなどの再資源物を世界中から買い漁るようになった。中国の膨大な需要は、日本の分別ゴミすら"資源"に変えてしまい、輸出市場で高く売れる品目が激増した。
この状況下、日本のリサイクル制度は予期せぬ「資源流出」の事態に直面する。容器包装リサイクル法に基づいて、市町村が税金で分別回収し、企業が負担するリサイクル費用も高額であるにもかかわらず、その資源価値のある部分だけが中国へ流出。残されたのは、コストばかりがかかる"売れないゴミ"であった。
この歪んだ構図を生んだ一因として、ドイツとの制度比較が挙げられる。ドイツは「並列デュアルシステム」を採用し、容器包装の回収・処理はすべてDSD社(民間法人)による独立運用。市町村のコスト負担はない。一方、日本は「直列デュアルシステム」と呼ばれる構造で、市町村がまず回収し、後から指定法人(容リ協会)が引き取る方式をとっていた。回収は2度、費用も二重。その結果、再商品化費用(再資源化)よりも分別費用(回収運搬)の方が遥かに高く、税金による市町村負担が過重となった。
こうした制度疲労はやがて、「分別しても意味がない」「市町村がコストを負担するだけ損だ」といった疑念につながり、一部の自治体では指定法人との契約を打ち切る"ボイコット"の動きすら出てきた。法律は存在しても、現場の信頼を失いつつあったのである。
この章は、2000年代初頭の「循環型社会」幻想が、グローバル資源市場という現実に突き崩されていくプロセスを克明に描いている。背景には、日本のゼロエミッション政策や「環境先進国」イメージを維持しようとする国家的意思と、グローバル資源市場という"ブラックホール"のような中国の存在が交差している。制度疲労、コスト破綻、国際競争力の喪失……リサイクルという理想が、現実の経済の中でいかに翻弄されるかを示す、非常に示唆的な分析である。
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