Wednesday, June 25, 2025

燕尾服の誇り、赤城に響く声――東海林太郎という戦前日本の肖像(明治31年~昭和47年)

燕尾服の誇り、赤城に響く声――東海林太郎という戦前日本の肖像(明治31年~昭和47年)

昭和初期、日本の音楽界は西洋音楽と浪曲、そして新興の歌謡曲が交錯する混沌の中にあった。東海林太郎は、ロイド眼鏡に燕尾服、直立不動の姿で、クラシックの発声を用いて歌う稀有な存在として登場した。彼は早稲田大学を卒業後、南満州鉄道に勤務するも音楽の夢を捨てきれず、昭和9年に「赤城の子守唄」で一躍名を上げた。昭和10年には一年で百七曲を吹き込み、「東海林時代」とまで呼ばれる隆盛を誇る。

昭和14年には代表曲『名月赤城山』を発表し、義理と情を重んじるその歌詞と節回しは、戦時下の日本人の精神と響き合った。日中戦争の戦時色が濃くなるなか、東海林の凛とした姿と歌声は、国民の「理想の男像」を象徴した。

一方で彼は、昭和13年に直腸がんを患い、以後も数度にわたる手術を受け、人工肛門をつけながらも晒を巻き舞台に立ち続けた。昭和22年には浅草で25周年公演を成功させ、その姿勢と覚悟が多くの人々を魅了した。彼は歌に人生を捧げ、舞台に立つことを使命とした、まさに昭和が生んだ「誠実なる歌人」であった。

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