### 美貌と美声に咲いた歌謡の花―奈良光枝（大正12年～昭和52年）

### 美貌と美声に咲いた歌謡の花―奈良光枝（大正12年～昭和52年）

奈良光枝は、大正12年に青森県弘前市に生まれた。生来の美貌と美声を備え、兄の学友であった作曲家・明本京静のすすめで東洋音楽学校へと進んだ。しかし声量に恵まれず、クラシック歌手の道を断念し、歌謡曲に転じたことで新たな道が拓かれた。昭和15年、コロムビアのテストに合格し、わずか16歳で専属歌手となる。デビュー曲「胡弓哀歌」は検閲により発売禁止となったが、続く「南京花嬌子」によってその名を知られるようになった。

戦時下では軍国歌謡が主流であり、楚々とした歌声の奈良にとってヒットは難しかった。父の嘆願により古賀政男の門下に入り、やがて藤山一郎とのデュエット「青い牧場」で初めて大きな成功を収める。以後「愛の灯かげ」「新・愛染かつら」「君ゆえに」「雨の夜汽車」などヒットを連発し、戦後の歌謡界を代表する存在となった。なかでも藤山一郎との「青い山脈」は、明るいメロディと伸びやかな歌声によって戦後日本の青春を象徴する一曲として広く親しまれた。さらに「赤い靴のタンゴ」（昭和25年）では、切なさと情熱を兼ねた表現で女性歌手としての幅を示し、彼女の代表作として今も語り継がれている。

歌声だけでなく映画界からも注目を浴び、大映『或る夜の接吻』では主演に抜擢され、若原雅夫との接吻シーンが話題を呼んだ。日本映画で初めての接吻シーンと宣伝されたが、実際には飛んできた傘が二人の口元を覆うという演出であった。それでも奈良光枝の存在感は十分に観客を惹きつけ、清純な美貌と華やかな声質を兼ね備えた新しい女性像を示した。

彼女と同時代には、美空ひばりの圧倒的な歌唱力や並木路子の大衆的人気があった。美空ひばりが情熱と圧倒的な歌唱表現で人々を魅了し、並木路子が「リンゴの唄」で戦後の庶民の希望を歌ったのに対し、奈良光枝は清楚で楚々とした声質を生かし、青春や恋の抒情を繊細に歌い上げた。力強さよりも優美さを重んじたその歌唱は、昭和歌謡における独自の立ち位置を築き、戦後日本の文化に一輪の花のように彩りを添えたのである。

昭和52年、奈良光枝は55歳で急逝した。その早すぎる死にもかかわらず、彼女の歌声は戦後日本の記憶に深く刻まれている。美貌と美声で生き抜いたその生涯は、昭和歌謡史の中で今なお光を放ち続けている。