Sunday, September 14, 2025

宇野浩二 ― 女をめぐる愛と狂気の文学 1891-1961

宇野浩二 ― 女をめぐる愛と狂気の文学 1891-1961

宇野浩二は1891年福岡市に生まれ 女性との関わりを生涯の文学的核心とした作家である。父を早くに亡くし 母に伴われて各地を転々とした幼少期は 不安定な生活と母への強い依存を育み のちの作品に深い陰影を与えた。彼は「女は魔物」と語り 愛と狂気 執着と破滅の中に人間の本質を見いだそうとした。大正期は自然主義文学の隆盛期であり 都市化の進展とともに恋愛や性が文学の主題に上り始めていた。宇野は女性を単なる美や慰めの象徴ではなく 破滅を招く存在として描く点で異彩を放った。

代表作『蔵の中』(1925)は 異常心理と性的倒錯を題材にした問題作であり 発表当時から賛否両論を呼んだ。閉ざされた蔵を舞台に人間の深層心理をえぐり出す手法は 当時の文壇に衝撃を与え 宇野文学を特徴づける「愛と狂気」の核心を示している。また『思い川』では 男女の愛欲のもつれが人間の悲劇性を浮き彫りにされ 戦前文学の中で特異な位置を占めた。

同時代の作家たちと比較すると 谷崎潤一郎が「美と耽美」を追求し 川端康成が「繊細な情緒」を描いたのに対し 宇野はより生々しい欲望と狂気の世界を直視した。彼の女性観は時に冷酷とも映るが それゆえに人間存在の本質をえぐり出す力を持ち 戦前から戦後にかけて文学に一貫した「生の暗部」を刻み込んだのである。

昭和初期のモダニズムや新感覚派の興隆期にあっても 宇野の作品は時代の流行に迎合せず 女性をめぐる愛憎劇を通して人間の深淵を描き続けた。その姿勢は 近代化の速度に翻弄された社会の中で 文学がいかに人間の根源を問う営みであるかを示すものだった。

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